目醒めて生きるにあたり、周りの人とどう向き合っていくか。

目覚めて生きること

ちゃおー!

 

なんだかお堅いタイトルですねw

 

私の生きるテーマ

 

「目醒めて生きる」

 

これは、並木さんあたりが提唱されていることだとは思うのですが、

 

簡単に言えば、

 

世界は自分で作っている。

みたいものを見ている。

自分の内側にあるものが、映写機となって、現実に映し出されている。

 

という考え方。考え方、というか、「真実」だ、と、私は思います。

 

この概念がベースに入っていると、

 

人も自分も責めることなく、

罪悪感を感じることなく、

日々淡々と、自分のありのままを生きていけばいい。

 

何か問題や不快なことが起こったら、

自分の内側を点検すればいい。

 

点検して不快な現実を生み出す映写機が見つかったら、

スクリーン(=現実)をいじくりまわすのではなく、映写機(=思い込みや考え方、ブロック)

を取り除き、好ましいものに、より、自分にフィットするものに取り替えたら(=書き換え)いい。

 

となります。

 

こうして日々、ありのままの自分に

毎秒毎秒戻っていくわけです。

 

そうしてたら、なんか知らんうちに、物事ってうまくいくもの。

 

それは、私が、自分の姿を見せて体現して生きたいと思ってる。

 

 

こんな風に生き方がシフトする過程で、わたしも含めて、ぶち当たる壁があると思うんです。

 

それは、

 

「周りの人も、こう考えて生きたらいいのに。」

 

という想い。

 

目醒めて生きることを知り始めると、どんどん生きるのが楽になっていきます。

周りの目を気にするのもやめ、人を責めるのもやめ

自分でなんでも決めたらいいんだと。

 

だけど、

 

自分が楽になってきたところで、気になるのが、身近なひとなんですよね。

 

特に、家族かな。

 

父親や、母親。

 

もしくは、旦那さんや旦那さんの家族などなど。

 

友達、ってのもあるかもしれないね。

 

 

スクリーンに張り付いて、苦しんでいるように見える人がいるかもしれない。

そんな時に、こう考えたらいいんだよ!

と、言いたくなる。

 

わかります。

 

このような概念にたどり着く人は、

私自身も含めて、家族にカルマを持っている人は多いです。

しかも、自分が渦中ではなく、少し離れたところから見ているような。

 

愛しているからこそ、

楽になって欲しいからこそ、

知って欲しい。

 

 

でも、これは結構むつかしいです。

 

 

下手したら、「私の考えを聞きなさい!」

 

 

と、コントロールしたいような気持ちが出てます。

 

 

それでは、渦中に、火中に、油をそそぐようなことになっちゃうんです。

絡まった紐を、解こうとして、ぎゅーっと引っ張っちゃうような。

余計かたく、かたく、絡まってしまうような、そんなイメージ。

 

 

私自身、ここのジレンマに苦しんだことがありました。

なんで、そんなに家にこだわるんだろう、

そこをこだわりさえしなければ、幸せでしかないのに。

 

一生懸命、泣きながら話をしたこともたくさんありました。

 

楽になって欲しいから。

幸せでいて欲しいから。

 

でも、これではまた紐が絡まるだけだし、自分もしんどい。

 

この辺のテーマをずっと考えてきて、私が採用したいくつかの言葉があります。

 

 

・人は、それぞれの真実を生きている。

(=自分の真実が全て正しいというわけではなく、それぞれがそれぞれの真実を生きているだけだということ。)

 

 

 

・家族、縁のある人たちは、一蓮托生だということ。

だからといって、他の人が落ちていたりへこんでいたりするのをなんとかしようとするのではなく、自分が、どこまでもどこまでも自分らしく幸せでいれば、同じハスの上にいる人たちも、自然と引っ張り上げられる、ということ。

一蓮托生:おんなじ蓮の上に乗ってるということ。おんなじ船、とか、そんな感じ。

 

 

・むしろ、ハッピーな状態の縁のある人たちが、自分がそこまで上がってくるのを、待っていてくれる、ということ。

(これ、ちょっとわかりにくいよね。パラレルワールドの話です。

人は、毎秒毎秒、毎瞬間、パラレルを移動していると。日々のちょっとした行動によって、次の瞬間選ぶものが変わっていく。

だけど、パラレルワールドには全ての可能性が同時に存在している、と。

なので、自分が最高最善の選択をしていくことによって、家族や、その人がありのまま幸せであるパラレルワールドにたどり着く、ということ。)

 

伝わったかな?

 

要は、

 

「なんとかしてあげよう」

 

と思わないこと。

 

言葉を変えると、「なんとかしてあげたい」と思うことは、自分も同じスクリーンに首を突っ込んでいることになる。

 

一歩引いて、スクリーンを眺め、何がそれを映し出しているのか。

 

注意深く、冷静に眺めること。

 

自分が映し出しているものであれば、対処することができる。(ブロック解除)

 

そこから先は、

 

それぞれの登場人物たちの、やりたいように、あるいは決められたように、

 

動いていくだけなのです。

 

 

 

 

とまあこんな感じで、

 

ジレンマを乗り越えてきたわけです。

 

あとは、私のセッションを望んでくれる人には、一緒に映写機とスクリーンを点検しますし、

 

最終的に自分で点検するスキルを上げたいという人には、

 

ヒーリングや、リーディングのテクニックを余すことなくお伝えしています。

 

 

そして何より、

私を見てもらうことで、

 

ありのまま生きていくことの素晴らしさを

自分自身の魂の本音と向き合って生きていくことの素晴らしさを

 

感じて、

そうしてみよう

そうしてみたい

 

と思ってもらえたらいい、と思います。

 

そのためのテクニックやスキルや考え方や元気や勇気、人脈は山ほど持っています。

 

 

ご縁のある方に、余すところなく届いたらいいな、

 

と、日々思っています^^

 

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て方は、ぜひ、オンラインサロンに入ってみて!!

 

新しい視点が、生まれるよ^^

 

 

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