やあ、久しぶりだね、待ってたよ。
ニシノさんは、背をむいて座っていた仕事用の椅子から立ち、振り向いて、片手をあげて挨拶をしました。
ニシノさんの元には、今も、いろいろな人が相談に訪れます。
今日は、とあるマダムがやって来ました。
カフェを経営しながら、そこへ来たいろんな人の相談にものっている、なかなかの人気者です。
★
ふんふん。それで、今回のケースというのはこうゆうわけだね。
君がちょっと若いアルバイトの子に注意をした、と。
そうしたら、その子は何も言わず帰ってしまった。そのことが、悲しかったわけだ。
「そうなんです。仕事内容についてはどちらかというとどうでもよくて。
まぁ、なんというか、彼女は何も聞きたくない、受け入れたくない、と言った雰囲気を出していて。
もうちょっとコミットしてほしいなぁと思って言ったんだけど、やっぱり鬱陶しかったかなぁ。」
うーん、そうだね。
だけど、そのあとの彼女の言葉がきになるところだったんだよね。
・他のアルバイトの人と比べられ、あなたはできない、と言われた。
・他のアルバイトの人の悪口を聞かされた。
・どうせ就職はうまくいかない、と決めつけられた。
とまぁこういった恨み言が綴られてきたわけだ。
「はい、もうそこで私はストンと情が切れてしまって。
親身に就職支援もしたんです。
プロの人にも話をつないでカウンセリングを受けさせて。
その時も【当事者意識】が大切だよ、と。
どんな仕事でも、自分の仕事だと思ってやったら、とても楽しくなるよ、とアドバイスもらったんです。
そのあとに本当に動きが変わって。。本当に感動したんですけどね。
就活終わったら元の無気力に戻っちゃった。」
なるほどねぇ。
で、それでどうしたの?
「この仕事が負担になるならもうこなくてもいいよ、と言いました。」
で、来なくなったというわけだね笑。
それはそれでいいとして、まだモヤモヤとするから私のところに来てくれたわけだ。
君は彼女を心配しているんだね。
君だって、いろんな人のカウンセリングなんかもやってるから、そのカラクリはよく見えちゃうと思うんだ。だからこそね。
そう、君もよく知っているように、人は、見たいように世界を見ている。
というか、見たいようにしか見れないようになっている。
片方が励ますつもりで言った言葉、気持ちを軽くするつもりで言った言葉、ちょっとした親しみからのからかい、
そんなものも、
もう片方からは、あんな感じで、責められた、いじめられた、と受け取ったわけだ。
こうゆうことは、往往にしてあるよね。
もう一つ掘り下げて考えていくと、彼女の思考パターンが見えてくる。
私はこんな性格なのでこんなことで傷つきました。
こんなことで気にして弱い自分でごめんなさい。
こうやって相手に罪悪感を持たせて、自分の思うようにしたいと強いコントロール欲求が見えるんだよね。
多分、男の子と付き合ってても、こんな感じで無意識に相手をコントロールして来たんじゃないかな笑。
かわいそうな私じゃないと人に言うことを聞いてもらえない。
言い換えると、
かわいそうな私は人に言うことを聞いてもらえる。
と、どこかでこの成功体験がインプットされ、無意識にこのパターンを繰り返しているんだね。
この成功体験は、親や兄弟との関係から生まれやすいけど、まぁこれは、話を聞いて見ないとわからない。けどその辺りにあると思う。
だから、かわいそうな私でいないと都合が悪いわけだ。
だから、状況を自分が好ましいようにコントロールできていないと感じると、
かわいそうである材料を見つけ出す。
「私はかわいそう」のメガネをかけて、ありとあらゆるものをみることになるんだね。
「そうなんです。そのメガネ、外してあげたかったんですけど、うなぎのようにするっと抜けていく感じだったので、無理でした。」
そうだね。
そこが、君のいいところでもあるし、
弱点でもある。
感情移入しすぎてしまうところ。
彼女は彼女で、君から学んだことはたくさんあるはずだ。
そして、最後の言葉も。
君は、うじうじ生きるのはやめ、と言ったんだろ。
君らしい表現だよね笑。
いつか、彼女も君が突き放してくれた意味がわかる時がくるだろう。
その時まで、いや、いつまでもこれからも、
君は君自身の生き方を見せていくことによってそれを体現して行けばいい。
どこまでもどこまでもやり続けたらいい。
そして、その姿を見て、
自由に、まっすぐに自分のあり方で生きていっていいんだ、と
気持ちが変わり、勇気が出て行動が変わる人が増えたら(今もそんな人はたくさんいるよ。)
彼女にも、その波は、
いつかどこかで、伝わるだろう。
そしてその波は、君が一度触れさせてくれた波だってことに、気づくこともあるだろう。
だから、
君はそんなことに心とらわれず、
その大きな翼を
遠慮なく
どこまでもどこまでも自由に
羽ばたかせていたらいいんだよ。
君も、君自身の素晴らしさを
もっともっと認めてもいいと思うんだけどな。
さ、コーヒーでも飲もうか。
★
マダムはなんだか肩の荷が下りたような表情で、ニシノさんの入れたコーヒーを飲みながら雑談を楽しみ、
夕方に差し掛かった頃、
コーヒーはワインに変わり、
ゆうこさんも合流して、夜更けまでわいわいと過ごしました。
それは、リンリンと虫の声が聞こえる
月の美しい秋の夜でした。
コメント