やあ!とらくん!久しぶり!
ニシノさんは、片手をあげ、空けていたソファーの方の席をとらくんに勧めました。
ここは、歴史ある街の、細い路地を入ったところにある、ひっそりとした喫茶店。
マスターが自家焙煎した豆を、ドリップで丁寧に淹れたコーヒーを飲ませるお店です。
アンティークのランプに、今日は、小さな音量で、ナットキングコールがかかっています。
選曲はマスターのその日の気分で。
注文しなくても、ニシノさんととらくんには、自動的にコーヒーが出てきます。
そういうお店なのです。
「やぁやぁニシノさん!本当に久しぶり!急に呼び出しちゃってごめんね!君と、話がしたくて。」
うんうん。私も、久しぶりに顔が見れて嬉しいよ。元気だった?
うさぎさんとはどう?
そういいつ二人は、マスター自慢のコーヒーの香りをひと吸いし、ほっこりしました。
そして、とらくんは話しはじめました。
★
そうそう、、その話なんだよ。
うさぎさんさ、変な『体質改善プログラム』とやらにハマっちゃってね。
なーんか、変な運動したり、食べられないお肉を食べてみたりとかで。日に日にお肌も汚くなるし、
お腹に変な肉がついたり、すごく心配しててさ。
で、僕、そこのプログラムを提供してる、なんだっけなぁ、、あ、そうそう
【ミノムシ薬局】
とかいうところに行ってみたんだよ。
そしたら、その薬局があるべき住所のところに、なんか、よくわからない事務所があってさ。
明らかに薬局ではないわけ。
中を覗くこともできなかったんだけど、その事務所の前で、なんか人相の悪い男の人が
電話しながらタバコを吸って、当たり前のようにポイ捨てしてるわけ。
しかも、唾なんかもはいてるわけ。
で、僕なんか腹が立ってきて、
ここは、なにの会社なんですか?ミノムシ薬局ではないのですか?
て聞いたんだよ。そしたら、ギロっ、て睨まれて、無視されて、その人中に入っていっちゃった。
もう、完全にアウトだよね、これ。
急いで家に帰って、うさぎさんに、これ、いくら払ったの?て聞いたんだ。
そしたらまぁ、、結構びっくりする額でさぁ。
うさぎさん、そんなに自分に自信がなかったんだ、って。
こんなに、可愛いのに。
こんなに、俺が、愛してるのに。。。って。
悲しくなって、不覚にも、泣いちゃったんだよ、僕。
うさぎさんはポカーンとしてたけどさ。
で、抱きしめて、こう言ったの。
うさぎさん。うさぎさんは、このまんまでいいから!
いや!!!このまんまじゃないと嫌だ!
別の何かになろうとしないで!このまんまのうさぎさんじゃないとダメなんだ!
ってね。ちゃんと伝わったかどうかはわからないんだけど、僕の剣幕にびっくりして、
うん、て頷いて、とりあえず、体操のDVDと、そこから出された怪しいサプリと、指導された食事メニューの紙の束を、ゴミ箱に捨ててた。
素直なとこが取り柄なんだよね。まぁ、それが弱点にもなるんだけどさ。
★
そう言って苦笑いしながら、とらくんは、少しぬるくなったコーヒーをすすりました。
ぬるくなると、余計に香りが華やかになって、美味しいのでした。
ニシノさんは、うんうん、と頷き、
「うさぎさん、とらくんという素敵な人に出会えていてよかったね。
きっとうさぎさんもさ、とらくんのために、
もっともっと素敵になりたいと思ったからだと思うんだ。
世の中には、そんな、ひとの綺麗な気持ちを、自分の利益のために食いつぶす輩も、
悲しいかな確かに存在はしているんだよね。
だけど、
うさぎさんは、とらくんによって、守られたんだね。
それどころか、お互いの気持ちを、
まっすぐにやり取りできたじゃないか。
結果オーライ!!!ナイスカップルばんざーいだね!」
とらくんは、いつもより少しテンションの高いニシノさんに驚きながらも、
あぁ、この人に聞いてもらってよかった、と思うのでした。
ところで、この喫茶店のドアには、いかにも!と言った風のベルが、付いているのですが、
ニシノさんととらくんが、うさぎさんの酒癖の悪さについて喋っている間に、
新しいお客さんが二人、ベルの音とともに入ってきたのでした。
カランコローンカラーン
男女のカップルのようで、
なんだか険悪な雰囲気。
席に着くやいなや、口論をはじめました。
ニシノさんととらくんは、目配せをし、
二人で話をするふりをしつつ、
ちょっと話を盗み聞きすることにしました。
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